こんにちは、母の「こいけ」です。

 

 

今日は、うちの長男の家系的な

お話を1つしておきたいと思います。

 

 

 

今回、我が家の長男が、

小児の慢性糸球体腎炎(IgA腎症)が疑われるまで

考えもしなかった家系の話です。

 

 

私の父親

 

 

それは、母方の父、

長男からみると、母方の祖父のことです。

 

総合病院での受診のこと①にも少し書きましたが、

祖父も慢性腎臓病を発症しておりました。

40代から人工透析をしていて、

50代の時、脳内出血で倒れ、

以後、療養生活をしていました。

そして、ちょうど1年前に他界しておりました。

 

 

総合病院の小児科外来で、家族歴を聞かれた際に、

先生にお話した内容は、次のようなことです。

 

祖父が小学校1年生ごろ(昭和30年代前半)、

アデノイドが大きいため、

手術で除去することになった。

日帰り手術で、数時間経てば、飲食可能との指示があった。

それを守って、飲食した。

翌朝、血尿が出て、通院すると、

そのまま入院することになった。

1年近く入院して、治療をした。

詳しい治療内容は、わからない。

退院後しばらくは、体育を見学したが、

小学校高学年以降、とくに生活に制限はなかった。

少年期、青年期は特別な配慮なく、

普通に過ごしていた。

農業を継いで、バリバリ働いていた。

30代後半から高血圧が出始めた。

40代半ばから、腎臓に障害が現れ、

慢性腎不全になり、人工透析を行っている。

 

 

私が実家から聞いていた話を先生に伝えました。

 

先生から言われたことは、

「おじいさまもIgA腎症であった可能性が高いですね。

 主治医の先生からは聞いたことはないですか」

でした。

 

もしかすると、祖父はIgA腎症の診断を受けていたのかもしれないですが、

私は知りませんでした。

 

 

先生のお話では、

「以前は、子供のころにIgA腎症になっても

 その後、経過良く過ごすことで放置されてしまい、

 30代、40代になって腎不全に移行する例が多かったのだけれども、

 おじいさんのような症例の研究によって、

 今のIgA腎症の治療法が確立されるようになってきました。」

 

 

そして、私は、父を誤解していたことを初めて知りました。

 

子供のころの腎臓病の話は知っていましたが、

その後は病気とは縁がなく

元気でエネルギーにあふれているような人でした。

新しいアイデアで農業もがんばっていました。

一方、秋田の人なので、

塩分の多いものが好きで、お酒も好きでした。

だから、父の腎臓病は、食生活から来ているもの

だとばかり思っていました。

私だけでなく、母も弟も同じように思っているはずです。

 

私は、父が好きでしたが、

高血圧の診断が出てから、

食事制限をする必要があっても

なかなか守れずにいた様子も見ていました。

肉体労働の農業をしながらの食事制限は難しかったと思います。

また、秋田という風土としても、

お酒を飲まないというのも難しかったと思います。

 

ただ、父の慢性腎不全は、

決して不摂生が原因ではなく、

子供の頃の病気が時限爆弾だったとは。

 

私は、ずっと父を好きでした。

腎不全で透析を受けながらも、

農業を続け、

私と弟を大学に入れてくれました。

 

なので、感謝しかありません。

脳内出血で半身不随になって療養生活を送っていても、

私のできる親孝行はしてきました。

なので、父に対する後悔はありません。

 

でも、病気になった原因を知った時、

もう父は1年前に他界していました。

 

もう少し早く知っていれば、

父の見方も変わっていたかもしれないなと思います。

 

 

ここまでお付き合いいただきまして

ありがとうございました。